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アポカリプスドリームス 1.

 眠れないまま夜行バスの窓から景色を眺めていた。窓の縁に頭をもたせかけると、湿った埃のかすかな匂いがする。まだ二十一時かそこらだったが街を抜けた途端に、道路沿いの明かりはめっきり減った。若いカップルの乗った原付や、低いエンジン音を危なっかしく響かせるトラック、遠くの小さな集落の淡い家明かり、そんなものが時々闇の向こうからポッと浮かんでは視界の端に過ぎていく。思考は流れる、夜へ染み出して闇を漂う。

 僕がこの走り書きをメモ帳の中に見つけたのは旅から数ヶ月が経ってからだった、それはデヴィッド・ボウイが死んだ日だった。歩道橋の下には無数のテールランプが生き物のように点いたり消えたりしている、僕はアパートへ急いでいた。バンコクの大通り、車も人も早足で暮れていく世界と繋がっていた。

 僕だけが世界と手を繋げていないように思えるんだった。それは過去のせいだ、僕の中に強くのしかかっていたのはどれも記憶、思い出、懐かしさ、そういうもので――アパートの5階の階段を上りきった僕は涙を流していた。脳裏では無数の人工光のちらつきが、だいたい車や街灯が、水面の揺れに変わっていた、夕日に馴染んで美しく揺れていた。恐らくこの世界で最も美しいもの。ベッドに横になってメモ帳を眺めたとき僕は時計の針を自覚した。黙っていても僕らは大人になっていく――そのことに気づくと元からあった傷口が開いているのにも目がいった。血が流れているのに麻痺してわからなくなっている大怪我が何年も燃えているのだ。

 メモの中には手を伸ばすべきものが大いに存在していた。僕は時間を掴み、文明の集積である文化というものに抱かれるべきだった。そのために僕はまず自分を特別惨めな人間だと思うのをやめた。

 「まだ分からないのは何を待っていたのかということだった。僕の時間は行き止まりへと向かってワイルドに過ぎていた。良い思い出の味は必ずしも甘くはなかった」

 I never get the reason of livin. But I tried to find out why we are good and young.

 鳥籠のようなアパートの5階からはバンコクという街の横顔を覗くことができた。その人の瞼は重く閉じられていた、しかしいつ目を開き立ち上がり、歩き始めてもおかしくないようにも見えた。それにも関わらず人はビルを建て続け、地面にはアスファルトを流し込んでいた。それもまた美しい行為だと思うまでには時間がかかった――僕が少し大人になっただけなのだろうか、諦めるのが上手くなったとかそういうことではなければいいのにと思う。のんびりしているうちに太陽は五十回も百回も沈んでいく、恐ろしいことにどんなに冷静な人も太陽を掴んで止めることはできない、そんなことをしたら熱くて仕方がないからだ。動いているものを睨んで突き止めるのは難しいことで、精神を鎮めようが効果はなかった。そうして変わりゆく時代を忘れて過去に没頭しようとするのだ。僕は旅のことを考えていた。